ネイティブ思考による英語リスニング力の強化法

はじめに

若いころカナダに初めて行ったときの話です。ハンバーガーを食べようと店に入ると,「ジュー ウオン イー ヒア」と聞かれました。ええ何?「パードン」と何回か聞き返してやっと”Do you want to eat here?”とわかりました。ある大学の教授と会う予定だったので,ホテルから電話をかけました。秘書らしき女性が出て早口で何かしゃべっているのですが,それが聞き取れません。ホテルの従業員に代わってもらいました。「教授は今講義中だから,後で電話して下さい」という簡単な内容でした。国際シンポジウムに参加したとき,発表は何とか無事に終えたのですが,質問が聞き取れずうまく答えることができませんでした。リスニング力のなさを痛感しました。

 ビジネスにおいて,取引先の担当者と話し合いをするときは相手の英語を正確に理解しなければなりません。プレゼンをすることになれば,ナチュラルスピードの英語の質問を聞き取り,それに適切に対応しなければなりません。確実なリスニングがビジネス成功のカギになるといってもいいでしょう。留学する人にとって,講義の英語を聞き取ることは,内容の理解には必須です。ゼミの議論でクラスメートの英語を聞き取れなければ議論に参加することはできないでしょう。リスニング力を身に着けることが,スムーズなコミュニケーションにつながります。

 かつてリスニングのなさを痛感したことを契機に,リスニング力を向上させるべく私自身さまざまな方法を試みてきました。このような個人的な学習体験,社会人への英検やTOEICの指導体験,そして,これまで発表された専門的な考え方をもとに,リスニング力を高める方法についてまとめてみました。読者の皆さんのリスニング力の向上にお役に立てば幸いです。

英語を聞いてなぜわからないのか。

私たちが英語を聞いたときわからないのはなぜでしょう。それにはいくつかの理由があります。その理由について単語レベル,文章レベルに分けて説明します。

単語レベル

1.単語を知らない

 英語をより深く理解するには,できるだけ多くの単語を知っていることがカギになります。私たちが学習する英単語数は,中学校までに約5000語,大学受験に必要な英単語数は,目標とする大学や学部によって異なりますが,一般的には約4000~6000語と言われています。

TOEIC受験については,700点以上を取るには3000〜4000語が必要といわれていますので,大学受験に必要な単語を覚えていれば,TOEICの高得点の取得に役立つと言えます。ただ,TOEICではビジネス関連の単語が頻発しますから,それは覚える必要はあります。

 英検では,2級が約5,100語,準1級が7,100語以上,1級で10,000~15,000語が必要と言われています。

 自分の目標を達成するには,それぞれのレベルに応じた単語を覚えておく必要があります。ただ,単語を覚えていると一口で言っても,その意味するところは,英文を読むときと聞いた英語を理解するときは違います。英文を読むときは,ある単語がわからなくても前後の関係から英文の意味を推測できます。しかし,英語を聞いたときにわからない単語,あるいは聞いたことはあってもその意味がすぐに思い浮かばない単語に遭遇すると,思考がそこで止まってしまって,その後の英語が聞き取れなくなることはよくあります。英語を聞き取るには,聞いた単語の意味がイメージとして瞬時に頭に浮かばなくてはなりません。

2.単語は知っているが聞き取れない

英語を聞いたとき,その中に出てくる単語を何回聞いてもわからないが,それを文字で見るとよく知っている単語だった,という経験はありませんか。こういうことはなぜ起こるのでしょうか。それは英語を日本語的な音として認識してしまい,それがインプットされたままになっているからです。

学校で英語を習い始めるとき,授業は教科書を読むことから始まります。このとき正しい発音がインプットされればいいのですが,正しくない音として認識されることがしばしば起こります。また,和製英語が英語の正しい発音のインプットを妨げる要因にもなっています。

このように英語の音声を正しく認識できないのは,日本語と英語の間に音声学的な違いがあるからです。音声学的な違いとはどんなものでしょうか。

日本語と英語の母音・子音の違い

日本語には「あいうえお」の5つの母音しかありませんが,英語にはコアとなる母音が16あります。英語の母音の違いを聞き取り,発音するのは難しいです。とりわけ難しいのは「ア」の音です。例えば, cat /kæt/(キャットではない)father /fɑ́ːðər/,cut /kʌt/(カットではない,bird /bəːrd/(バードではない),about/əbaʊt/,などです。

 子音についても二つの言語には大きな違いがあります。日本語では子音と母音をセットにして発音します(「あいうえお」だけは例外で母音のみ)。たとえば「さ」なら[s]と[a],「む」なら「m」と「u」という具合です。いっぽう英語は,子音を単体で発音することがしばしばあります。例えば,text [tekst]の語尾の部分は,子音が3つも続いています。この点が,日本人が英語の発音を学ぶ上で大きな障害になっています。日本語に引っ張られて,「テキスト」「tekisuto」という具合にすべての子音に母音がついてしまいます。これ以外にもRとLの違い(rightとlight),bとvの違い(baseとvase),thの音(thinkとsink)など日本人にとって認識が難しい音がいくつかあります。

単語がどこで切れているかわからないーリエゾン(連結—Linking) の問題

 英語を聞いたとき単語の切れ目がわからないと感じる方は多いと思います。これは,英語のネイティブが普通の速さで話すときひんぱんに出てきます。二つの単語が続いているように発音されるので,それぞれの単語が認識できないのです。このような発音形態は,連結(Linking)あるいはリエゾンと呼ばれます。例えば,talk about(トーク アバゥトゥ → トーカバゥトゥ),month ago(マンス アゴウ → マンサゴウ),Let her go(レットゥ ハー ゴー → レッタァー ゴー)というような具合です。これ以外にも連結の形はたくさんあります。これに慣れていないこともリスニング力が伸びない理由の一つです。

文章レベル

1. 単語はわかっても英文の意味が理解できない-日本語と英語の文構造は違う

 次は聞いた英文の意味が理解できるかどうかという問題です。一つの英語のセンテンスを聞いた後,話の内容を日本語で説明してくださいと言われたとき,答えられない場合がよくあります。聞いたときは分かったつもりでも,いざ内容を説明するとなるとなると手こずる。それは,聞いた情報が記憶として十分に保持されていないからです。どうして保持が難しいのでしょうか。それは,英語と日本語の文構造が違うのに,日本語の思考回路で理解しようとするからです。

次の例で説明しましょう。

The dam was constructed in the early 1980’s, over the objections of residents, who worried the ecosystem of the river would be damaged.

和訳:ダムは、川の生態系が損なわれることを心配した住民の反対を押し切って1980年代初頭に建設された。

和訳の日本語を聞いたとします。聞いている途中ではこの文が最終的に何を言いたいのかがわからず,最後まで聞いてはじめてそれが理解できます。これは,述語(建設された)が最後にくるという,日本語特有の文構造に由来しています。

これに対し,英文は以下に示すように複数のセンスグループ(意味のまとまり)からなり,それぞれのグループが意味的につなっています。しかも,英語は,次のグループが新たな情報を前のグループに追加するという形をとっています。前から順番にセンスグループを聞きながら理解し,すべてを聞き終わった時点で,その英文が何を言いたいのかを完全に理解します。これが英語ネイティブの理解の仕方です。

The dam was constructed in the early 1980’s(ダムは1980年代初頭に建設された) 

/ over the objections of residents(住民の反対を押し切って)

/ who worried (心配した)

/ the ecosystem of the river would be damaged(川の生態系が損なわれることを)

このように英文は日本文と違って,前から順に意味を理解するような構造になっています。ですから,英語を聞いたとき,いわゆる英文和訳によって聞き取ろうとしても,英語の意味を即座に理解できません。これを解決するには,英語を聞くときは,英語ネイティブの思考回路に切り替えることが必要です。

2.そもそも内容が理解できない

 英語を聞くとき,記事の背景をよく知らなかったり,それについての基礎知識が不足していると,何度聞いても理解できないことがあります。例えば,時事問題の話題では,現在進行している政治や経済の状況を把握していなければ聞き取るのが難しいでしょう。海外の出来事であればなおさらです。また,科学技術の記事であれば,関連する専門知識がなければ理解が難しいでしょう。

英語学習者も含めて私たちの多くは,日本語の本やメディアを通じて,時事問題や科学技術などの情報や知識を得ています。とすれば上述した,英語を聞き取れない状況は,英語の問題というより日本語による知識や情報のインプットが不足していることに起因すると言えます。

日常的に新聞に目を通し,ニュースを聞き,関連の専門書を読むことにより,日本語での知識や情報のインプットを増やすことが,リスニング力の向上につながります。

解決法

リスニング力がなぜ伸びないのか,その理由を単語レベルと文章レベルで説明しました。以下,その解決法をできるだけ具体的にお話しします。実行するのは次の三つです。

1.ディクテーション(書き取り)

 これは,聞いた英語を書き取る方法です。原文の英語を見ずに,まずは音声だけをたよりに聞いた英語を書きとります。前もって英文を見ないことが重要です。見ないことで自分がどのような英語を聞き取れないのかが,より明確にわかるようになります。2秒か3秒の繰り返し機能がついている教材が望ましいです。まずは全体の英文を聞いて内容を理解します。次に文章ごとに書きとります。繰り返し聞いてもかまいません。何回聞いてもわからないところはそのままにして,全体の英文を書きとります。その後原文を見て,間違ったり,聞き取れなかった英語を赤ペンで書き込みます。冠詞(a, an, the)や複数形にも注意を払います。

私は10年以上にわたって,NHKの実践ビジネス英語や現代ビジネス英語を聞いていますが,テキストの英文をほとんど書きとりました。これはリスニング力だけでなく,読解力,作文力,会話力を高めるのにとても役立つことを実感しています。

2.センスグループ(意味のまとまり)で理解する

 1つの英語のセンテンスを聞いたとき,その意味が浮かんでくるようにするには,センスグループ(意味のまとまり)の意味を理解する練習をします。練習は日本語を介して行います。先ほど述べた例文で説明しましょう。

まず,センスグループをスラッシュで区切ります。

The dam was constructed in the early 1980’s, / over the objections of residents, / who worried / the ecosystem of the river would be damaged.

次に,“ The dam was constructed in the early 1980’s”を聞いた後,「ダムは1980年代初頭に建設された」と口に出します。” over the objections of residents “を聞き,「住民の反対を押し切って」,と続けます。同様に後のスラッシュ部分を聞いた後,「心配した」,「川の生態系が失われることを」と日本語を口に出します。

3.シャドーイング(Shadowing)

 シャドーイングは,聞こえた英語を後を追うように,オウム返しに口に出す訓練法です。全部聞いてから声に出すのではなく,聞きながら声に出していきます。例文で説明しましょう。

学習者の耳  I   /  love  / cherry   /  blossoms /   and      /autumn / leaves.

学習者の口                  I   /    love    /      cherry    /  blossoms   /   and     / autumn / leaves.      

口で “I” と言った時には “love”という音が耳に入ってきて,“cherry”と口に出した時には,“blossoms”という音が聞こえてきます。この練習には必ずイヤホンを使います。イヤホンなしでは自分の声がうるさくて英語をよく聞き取れません。また,2秒か3秒のリピート機能がついた教材が望ましいです。

 この練習は,テキストを見ずに行います。文字を見てしまうと日本語的な発音になったり,聞いた音に集中できなくなります。まとまりのある会話文や説明文で練習します。話される英語が早すぎてついていけないときは,センテンスごとに止めて,その部分をシャドーイングしてもかまいません。それができるようになったら,止まらずに全体を通してシャドーイングを行います。

 もう一つ大切なことは,意味を思い浮かべながらシャドーイングをするということです。もし,意味が浮かばないときは,その都度意味を確認します。よどみなく英語が口にでるまで,繰り返し練習してください。見違えるほど英語が口に出るようになります。私もほぼ毎日やっています。

 日本語のシャドーイングもお勧めです。私はNHKニュースでこれをやっています。滑舌がよくなるのを実感しています。

TOEIC問題を使った学習例

上で述べた学習法はどのような教材でもよいですが,ナチュラルスピードで話されているものが望ましいです。ここではTOEICの問題を使って具体的な学習法を紹介します。3秒のリピート機能をもつ教材の利用をお勧めします。

Good morning, everyone. Today, we’re shifting our marketing focus to social media.  Traditional advertising, like TV and magazines, is less effective now. Social media platforms such as Facebook, Instagram, and X are more popular and engaging. We’ll stop our TV ad campaigns and invest those funds in social media marketing. This will save money and help us hire social media specialists. Job openings will be posted soon. Our strategy includes creating interactive, high-quality content and using targeted ads to reach specific audiences.  This change aims to enhance our brand presence and increase customer engagement.  Thank you for your attention. (ChatGPTで作成)

以下のような順序で練習します。

1.問題文を聞いて解答し,答え合わせをする。

2.再度,問題文を聞いて,日本語でその概要を説明する。

重要なことは,問題文を聞いたとき,それが一体何を言いたいのかを理解し,その情景を思い浮かべることです。英語を聞いて終わるのではなく,日本語で概要を説明してみて下さい。口に出すことで,本当に英語を聞き取れているかどうかがわかります。この練習を繰り返すことで,集中力が高まり,記憶の保持が容易になります。

これは,逐次通訳の訓練として使われています。

3.問題文ディクテーション(書き取り)をする。詳細は前述した説明を参照してください。

4.解答を見て意味を理解する。

5.センスグループ(意味のまとまり)の意味を理解するための練習

センスグループをスラッシュで区切ります。

Good morning, everyone. // Today, we’re shifting our marketing focus / to social media. // Traditional advertising, / like TV and magazines, /  is less effective now. // Social media platforms / such as Facebook, Instagram, and X / are more popular and engaging. // We’ll stop our TV ad campaigns / and invest those funds in social media marketing. // This will save money / and help us hire social media specialists. // Job openings will be posted soon. // Our strategy includes / creating interactive, high-quality content and using targeted ads / to reach specific audiences. // This change aims / to enhance our brand presence  and increase customer engagement. // Thank you for your attention. (ChatGPTで作成)

問題の解答にある訳文を参考にして,スラッシュ部分の訳文を作ります。このときこなれた日本語の必要はなく,直訳でも構いません。

[訳文]

皆さん、おはようございます。// 今日わが社は、マーケティングの焦点を移します / ソーシャルメディアに。 // 伝統的な広告である,/ テレビや雑誌は、/ 今やあまり効果的ではありません。//ソーシャルメディア・プラットフォームが / フェイスブック、インスタグラム、Xのような / より人気があり、魅力的です。// 私たちはテレビ広告キャンペーンを中止し、/ その資金をソーシャルメディア・マーケティングに投資します。// このことが、経費を節約し、/ ソーシャルメディアの専門家を雇うのに役立ちます。// 求人情報は近日中に掲載します。// 私たちの戦略は含んでいます / 双方向性で質の高いコンテンツを作り、目標を絞った広告を使うことを / 特定の支持者の注目を集めるために。// この変更の目的は / 私たちのブランドの存在感を高め、お客様の関わりを増やすことです。// ご清聴ありがとうございました。

1文を聞いてスラッシュごとに訳出

1文の音声を聞いた後,顔をあげて英文を見ず意味を口に出します。“Good morning, everyone. // Today, we’re shifting our marketing focus / to social media.” を流したあと音声を一旦止めて「皆さん、おはようございます。今日わが社は、マーケティングの焦点を移します/ ソーシャルメディアに。」と口に出します。次に,“ Traditional advertising, / like TV and magazines, /  is less effective now.”を聞いて,「伝統的な広告である / テレビや雑誌は / 今やあまり効果的ではありません。」と口に出します。それに続く部分についても同様です。このような練習を繰り返し行うことで英語ネイティブの思考回路が身に付きます。

6.問題文のシャドーイングをする。

まずは,スクリプトを見ずに,問題文を通しで聞いてシャドーイングをして下さい。英語のスピードはかなり速いのでついていくのは難しいでしょうが,まずはトライしてみてください。次にスラッシュ部分ごと,あるいは1文ごとにシャドーイングをして下さい。これがスムーズにできるようになったら,再度,通しでシャード―イングをやってみて下さい。はじめよりスムーズにできるようになるはずです。シャドーイングをするときは,必ず意味を思い浮かべながら行って下さい。意味があいまいな時は,原文と訳文を見直してください。とにかく繰り返し行うことがカギです。

7.シャドーイングで単語や熟語を覚える

シャドーイングは単語や熟語を覚えるのに有効です。例えば問題文の中で “enhance” という単語を覚えたい場合,“enhance our brand presence”の部分を聞いた後,「ブランドの存在感を高める」と口に出します。これを何回も繰り返します。これにより覚えたい単語が定着します。

 資格試験のための単語帳には例文が掲載されていますから,このような方法を使えば,単語をより効率的の覚えることができます。

参考資料

ダン上野Jr.:「ネイティブ思考」英語勉強法,あさ出版(2015)
門田修平,玉井 健:決定版 英語シャドーイング,改訂新版,コスモピア(2017)
國弘正雄,千田潤一:英会話・ぜったい音読 続標準編,講談社インターナショナル(2004)
清水英之:日本人が英語で考えられない原因:語順の違いと英語音声の特質,学習院女子大学紀要,第15号,87-100(2013)
篠田顕子,新崎隆子:今日からあなたの英語は変わる-プロからぬすむ同時通訳のテクニックー,日本放送出版協会(1993)
Linda Grant : Well Said Intro- Pronunciation for Clear Communication, HEINLE CENGAGE Learning (2007)
瀧澤正己:語学強化法としての通訳訓練法とその応用例,北陸大学紀要,第26号,63-77(2002)

この記事の作成者
大坪政美

大学で35年間教育と研究に従事し、その間、英語による講義、留学生指導、英語論文の執筆、翻訳、国際交流など、英語に関係する業務に携わってきました。退職後、英語教授法のプログラム(カリフォルニア大学)と会議通訳者養成講座(全国学術会議通訳者連盟)を修了しました。そして社会人への資格試験(英検、TOIEC)の指導、中学生への英語指導を行ってきました。

九州大学農学部卒業
・同大学院修士課程修了
・農学博士
・35年間九州大学で教育研究に従事
・カナダマギル大学、イギリスウェルズ大学で研究に従事、ベトナム、インドネシアで  
 JICAプロジェクトに参加
・英検1級取得
現在 九州大学名誉教授